2009年11月 6日 (金)

政治効率を上げるにはビジョンが必要:(2)

明治維新ならぬ平成維新を掲げる鳩山政権は、衆参両議院で絶対多数をとれば「政治効率を上げる」ことができるか。現状を見ていると、哀しいかな期待できない。なぜか?そこには将来に対する明確なビジョンがない。「自分たちのビジョンが国民のため、日本のため、必要なのだ」という自信がない。自信があれば、相手を説得できる。強い実行力が生まれる。オーラが国民に伝わる。マスコミの情緒的報道は吹っ飛んでしまうのだ。

さて、民主党は、鳩山内閣は「政治効率を上げる」ことで何を実行するのか。

年金問題や諸手当などは福祉関係の問題である。そのためには財源が必要であるが、現在は不況の真っただ中にある。どうやって不況を脱するか、脱した後の国家モデルはどうするか、が必要になって来る。従来型GDP信仰で行くのか、北欧型のモデルを目指すのか・・・(アマノジャク氏がまともに考えるとどうなるか、いつかブログに載せよう)

これらは時間がかかる問題だ。

先ず、卑近な例で現在の話題を考えてみよう。

1.官僚の天下り根絶:各省庁にぶら下がる特殊法人など公益法人を見直し、半分程度にする。

2.進行中のダム事業を現時点で評価する。決定後は迅速に実行する。

3.ハブ空港問題:将来は関空も加える。不必要な地方空港はただちに廃止する。

4.農地改革(農業問題は農地問題である):放棄の家は没収するして、希望者に貸し出す。

5.高速道路無料化:地域的に考えるのではなく、一律段階的に料金を下げ、最後は一円

(車犯罪対策としてETC制度は残す)にする。

以上は例題として私の考えを示したが、これらの問題に明確なビジョンを持って進めば、現在の制度のもとでもある程度「政治効率を上げる」ことが出来るだろう。まず、方向として進むべき道を明確に示し、方向性だけは決めなければならない。明治維新以来の平成改革を目指すのであれば、野党や小市民的なテレビ報道を無視して、自分は悪役になっても進める強い意志がなければならない。それが政治である。その意味では「国民が望むならばマニフェストの変更もありうる」などという首相の言動は首相失格である。国民を引っ張っていくリーダーシップが感じられない。

用地買収や農地改革には、小市民的、ゴネ得を許さない強制力を伴う法改正も必要だろう。

自民党は小泉政権のもとでこの状態が完成していた。即ち衆参両院で過半数を持っていた。しかし、小泉の頭は郵政改革だけで他にはなにもなかった。つまり、国家のビジョンがなかった。そのために郵政改革後は息子を後継ぎにすることしか考えていなかった。ここに問題があったのだ。

さて、民主党政権は人気のある鳩山を首相に据え、実力のある小沢が幹事長になった。形としては「政治効率を上げる」体制が出来たように思われた。が、今のところうまく機能していない。何かぎくしゃくしている。マニフェストが障害かもしれない。私は以前にブログで書いた「マニフェストは10年早い」と。野党のマニフェストは「行政の中身が公開されていない」のであるからそのまま実行されないのは当然だと。特に50年も政権の座になかったものがすぐに実行できるマニフェストなど書けるわけがない。もう一度見直して着実に「政治効率を上げる」努力をすべきだ。

外交はうまく行っていると思う。米軍基地やアフガン問題も良い方向に進んでいる。沖縄県民の反対も「将来、米軍基地が縮小、なくなる」という希望を持たせれば解決する。世界情勢は多極化して、米軍基地の価値はなくなりつつある。

揺るがない方向性を持って、「政治効率」を上げれば経済問題も解決する。小沢一郎よ!来年の選挙より現在の政権を支えるのが急務ではないのか。もし君が真の日本改革を望むならば。

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2009年10月30日 (金)

政治効率を上げるにはビジョンが必要:(1)

今、日本が世界から取り残されつつある。その原因はなにか。政治が動かないのだ。小泉退陣後、何も動いていない。動いたのは役者の交代だけである。ある評論家が「政治効率が悪い」(正確には「政治効率」という用語であったかどうか忘れた)と言っていたが全くその通りである。その意味は、八ツ場ダム建設計画から50年、まだ完成しない。その他のダムも同じである。成田空港、いまだに初期の目的が達せず、ついに羽田にハブ空港を奪われた。このように政治はあるとき大きな決断をしなければならないが、それはその時に必要だからで、その時に断固行わなければ時間とともにその必要性は薄れてくる。今日のように大不況と言われているときに迅速な不況対策が必要であった。然るに日本だけ何の対策も進んでいない。不況対策について言えば昨年末の第一次補正がうまくいかなかったのは公明党が主張した交付金にある。急いで打ち出した麻生政権の不況対策は交付金を除けば民主党もほぼ賛成していた、と言われている。ここからこじれたのだ。そして2次補正の箱物ばらまきで民主党が徹底抗戦し、政権交代となり(これも遅すぎた)現在不況対策は実行されず、日本だけ取り残された。幕末の政治で明らかだったように、また、中国では明や清の末期のように政治効率が悪くなってきたためだ。これは日本衰退の兆候である。

なぜ、日本の政治効率が悪いのか。これを打ち破るのにはどうするか。

日本は民主主義的共産主義でみんなの財産、権利を平等に守る。全会一致が良い政治である(ユダヤ人は全会一致は不純な力が働いた結果であるとして無効になる(山本七平))となっている。このために政府が何か決定するとそれに反対する弱者を英雄に仕立ててマスコミは大きく取り上げる。政府決定に賛成する意見は取り上げない。例えばダム建設で民主党が建設中止を打ち出すと、地元住民の声(なぜ今になって変更するのだ)、政治に翻弄される地元住民(弱者)はかわいそうではないか、と。地元以外の人は「無駄がなくなればいいではないか」というが、がこの声はテレビには出てこない。なぜか、取材しないからだ。現在は情報公開が進み、マスコミは単に視聴率という魔物に負け、情緒的報道が繰り返される。そこには国の将来展望はない。これを打ち破るには、将来ビジョンを示し、国会の多数で強引に進めることだ。それが政治である。

国家も建設当時は強引な手法が成り立つ(戦争も含めて)。日本の近代国家、明治政府など典型的である。しかし、成熟してくると個人の権利が重んじられ、文化の発達とともにまとまりがなくなり政治効率が悪くなる。大国が滅びるのはこれが原因である。政治効率が一番いいのは独裁政権である。スターリンはライバルをすべて粛清して大国ソ連を築いた。現在の日本は今その対極にある。

「政治効率が悪い」ことが日本を滅ぼそうとしている。政党政治にその原因があるとすれば強力な行政力を持つ大統領制が必要になってきたのか。田中角栄式政治理論によれば、日本の政党政治は行政(内閣)と立法(国会)を同時に握ることが出来る。大統領より強力な政治が出来る、ハズである。

日本の衰退、滅亡を救うために「政治効率を上げる」工夫ができるのか。(つづく)

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2009年10月22日 (木)

天下り撲滅と給与体系の見直しー(2):

公務員の天下り問題が問題になっている。現状と問題点は分かっているのだろうか。昔は公務員に定年はなかった。そのために60を過ぎると辞めて貰う為にいろいろと世話をした。しかし定年制ができたので、役所は本来ならば自然に任せて、定年者に「ご苦労様でした。ハイ、さようなら」で良いはずであるが、いまもまだいろいろと面倒を見ているようだ。

問題はキャリア組といわれるエリートコースの人である。必要なポストは三角形に出来ているのだから、同時に省庁に入っても役職からこぼれるのは当然である。プライドがあって選に漏れた人は自分から辞めていく。最後のほうまで残った人が問題だ。その人たちのために天下りがある。テッペンの事務次官より年が上の人は居ずらいだろう、と外に出す。その出すところが必要だ、それも優遇して。その受け入れ先が各省庁に付属している特殊法人など公益法人である。これが官僚の考えだ。それに対して、次官は辞めたときに役所には居る場所がないが、次官まできた人は給与も高く、年金も多い。もう働かなくてもいいではないか。働きたいなら、自分で就職先を探せ。能力抜群(少なくとも自分はそう考えているはず)だから引く手あまたであろう。これが我々貧乏人の考えだ。

若くして次官にのぼり、その職を辞しても希望するなら役所に残って居られる方法は給与体系の改定である。

公務員の年功序列の日本の給与体系を見直すことが急務であることを私は20年程前に提唱したが誰も取り上げてくれなかった。私の提唱するのは年齢とともに給与が上がる現在の給与体系を次のように改定する事である。

給与は「基本給」+「職能給」+「能力給」とする。これは今も同じであるが中身が違う。

「基本給」は生活給として「60歳定年までに支給される総賃金(生涯賃金)が現行のものと同じにして、その給与(年齢の関数)の形を変える。50歳をピークとし、60才は40歳と65歳は35歳と同じ給与にする」。例えば、

40歳(1000万円)-50歳(1500)-60歳(1000)-65歳(800)のように。

これは景気動向などに左右されず、必ず支給されるものとする。

「職能給」は役職手当である。課長、部長、次官、審議官など、役職に対する給与で一律とする。現在は役職手当も年数によって増額されている(一般職は基本給のX%)。職能給が支給されるのはもちろんポストの数だけである。部長がいつまでも部長ではいられない。ポストの数は上に行くほど少ない。その上、下からは候補者が登ってくる。部長が交代して、ヒラになったらその年齢の基本給の生活に戻る。現在は降格となり、落ち度がない限り実施されない。そうではなく役職が交代したのである。事務次官が激務であるとするならば手当は2000万円としよう。40歳事務次官(1000+2000万円)、50歳事務次官(1500+2000)などとなる。

「能力給」は現在の地位での能力評価である。同じ課長でもここでの評価により給与額に差がつく。課長の年数ではなく、あくまで能力給である。ボーナスもこの中に入る。

「基本給」以外は景気動向などで変動する。

では、なぜ60才が40歳と同じでよいか。基本給はそのほとんどは生活給である。生活給は5055歳でピークであるべきだ。それ以後は能力給に反映されれば良い。歳をとっても体力のある人、チエのある人など総合評価で能力給を上げてもらえばよい。必要なのはダメ人間の給与は基本給まで落とせる給与体系であることだ。

これがアマノジャク氏の考える定年延長、日本式終身雇用に耐える究極の給与体系である。民間が採用できないなら、公務員が先に採用すべきである。

以上が骨子である。

肩たたきなど必要ない。天下りも必要ない。例えば官僚の最高峰の事務次官に50歳で任命されたとしよう。その時が最高の給与となる。55歳でその職が解かれたとき、その人の給与はヒラの55歳の給与となる。これが嫌なら自分で退職する。部長も同じである。これまでの常識では公務員は不祥事でもなければ降格はなかった。降格という概念が悪いのである。適材適所、役職が解かれるだけである。退職金や年金は自己最高位のものにすればよい。こうすると役人は一度でもいいからその職に就かせてやる、というチエを出す。しかし、人事権は大臣にあり、その場合大臣が評価される。

ここで問題が生ずる。一度事務次官をやった人が、役職を降りた時にその居場所があるか。仕事はあるが、最高位まで昇った人が一公務員として働く事が出来るか。恐らく出来ないと思う。また、日本ではそのような人が省内に残っていると現職の事務次官より権限を発揮する。現在のOBが権力を発揮するのと同じである。この問題を克服しなければならない。そうしないと現在のように年功序列になる。総理大臣も辞めてから(辞めさせられてから)の方が実力を発揮する人がいる。先進国ではありえない話だ。これは日本には儒教に根ざした「年寄りを大事にする」と言う文化があるからではないか。法律よりもこの文化が優先する。官僚では現役の事務次官が最高権力者である。現職の首相が最高の権力者である。しかし日本では度々もっと権力をもつものが出てくる。これが制度を危うくしている。

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2009年10月11日 (日)

天下り撲滅と公務員給与体系の見直しー(1):{{天下り団体を削減せよ}}

天下りをめぐって議論が続いている。天下りのどこが悪いのか。高級官僚が昇給の途中で民間に出て行くのは何ら問題ではない。自らの意志ではなく、省庁の人事で行った場合はその後戻ってくるからこれは天下りの中に入る。完全な民間に行くのは何ら問題ではない。昔のように結納金を持って行くのは現在のチェック機能で、民間が得することはなくなったから不要な人間は受け入れなくなってきている。問題は分類としては民間に入る特殊法人、独立法人、協会など、その事業の大半が国家予算で成り立っている法人に役員として行く高級官僚のことだ。これには明確な利害関係があり、天下った役人の能力は関係ない。新聞などでも報道されているように官僚のときに能力を使い果たし、余生を高給をもらって楽しく暮らせるところ、としての位置づけである。「この御褒美があるから我々は寝食を忘れて公務に励んできたのだ」と公然と天下りを要求している者が多い。上級公務員の中で次々に精査されて、脱落組は外(天下り団体)に派遣し、最後には自分より年上の高級官僚は居なくなる。これは儒教感覚が残る日本人社会の特徴で、若くして事務次官などに就いたら年上の部下は使いづらいだろう、という暗黙の了解があるからだ。今でも別に負け組になった人を外に出す必要はない。そのまま役職のない仕事に就かせておけば良い。プライドが高く、耐えられない人は勝手に辞めて行くだろう。ところがここで組織は、OB会などを使って、省庁傘下の、関連のあるところに就職させる。可哀想だ?からか。

今、政権が進めようとしている天下り撲滅対策として、大臣が人事権を行使して、次官などの高級官僚が傘下の法人に行くことを禁止する。定年法に基づいて、次官などの職を辞しても残って居られるような制度設計をする、などが漏れ伝わってきている。それに対して、そのまま高給をもらって残ればかえって税金の無駄使いになるなどの批判がある。

それではどうすればいいか。以下に対策を述べよう。

1.天下り可能な団体を精査して半減させる。(仕事内容が重複して、存在意義のないものがたくさんある)。

2.人事院制度による公務員の給与体系を変更する。民間給与に連動する、を一部変更して天下り防止型にする。民間に先行してこの体系を導入する

先ず、「天下り可能な団体を精査して半減させる」ことであるが、例えば省庁を例にとっても今更、沖縄・北海道開発など必要か。消費者庁が必要なら不要になった庁をつぶすことが必要。また、特殊法人だけを見ても、これまで審査会で不要とされた法人はたくさんある。省庁にぶら下がる公益法人がどれだけあるか。これを精査すれば半減するかも知れない。小泉改革は大学、国立研究所などを独立行政法人にして名目だけは公務員の数を減らしたが、減らすべきは特殊法人、公益法人である。これをやってこなかったために改革でなく、改悪になって自民党はつぶれた。従って、先ず第一にやるべきことは庁も含めて特殊法人、公益法人など、これまで天下って行った法人を精査して数を半減させること。ほとんどが天下り場所を確保するために作られた法人である。一度作られた法人はなくならない。これが日本の一番悪いところであり、新政権はこれを一番に進めなければならない。

次に、「人事院制度による公務員の給与体系を変更する。」ことであるが、長くなるので次回にまわそう。

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2009年10月 2日 (金)

地球温暖化は嘘だった??

鳩山首相はは国連で、温室効果ガスの排出を大幅に削減することを世界に向かって約束したが、これが独り歩きして、鳩山発言には「世界の主要な諸国が同様の大幅削減を目標として掲げた場合、日本も大幅削減を実施する」という条件がついていることはあまり報道されていない。この条件をもっと強調しなければ、日本だけにCO2削減をさせようとする陰謀報道になる可能性がある。

しかし、それはさて置いて、田中宇の国際ニュースを見ていたら、とんでもない記事が目に付いた。地球は今温暖化ではなく、温暖化停止(寒冷化)になっているという。このブログでも私は何度か「CO2犯人説」に疑問を投げているが、温暖化停止は知らなかった。

田中氏は次のように書く:

「・・・ 世界の気候は今、むしろ寒冷化の傾向にある。温暖化対策を推進してきた著名なドイツの学者(Mojib Latif)が「世界は今後20年ほどは寒冷化傾向になるが、その後は必ず温暖化する」という新説を発表したりしている。温暖化を主張してきた学者たちは、今回の温暖化停止(寒冷化傾向)を全く予測できなかった。そんな無能さなのに「20年後に必ず再び温暖化するから、世界はその時に備えて対策をとるべきだ」という彼らの新説が正しいと考えるのは、どう見てもおかしい。こうした懐疑心が世界に充満し始め、国連が提唱する大幅な排出規制を世界の諸国が実施する可能性は大幅に低下している。鳩山が約束を守る必要は減っている。・・・」

The Vancouver SUN(Sep 15, 2009) の記事である。この記事ではどうも過去数年前から温暖化が停止しているようだ。これから20年くらいはこの状態が続くが、その後温暖化するという。この記事を書いた記者は、「京都議定書では温暖化は2100年まで続く。早く対策を立てないと大変なことになる」と言った張本人(Mojib Latif は国連温暖化対策のプロジェクトチームのリーダーだという)が、あれは間違っていたという。今までのモデルが間違っていたのだ。そんなあやふやなモデル理論しかないのに、20年後にまた確実に温暖化が始まるという。誰が信用できるか、と批判している。以前の朝日新聞にCO2問題の大家として明日香教授のインタビューが出ていた。彼はこの記事をどう読むのか。

Mojib Latif教授の温暖化停止の根拠となる論文は入手できていないが、記事によると北大西洋の寒冷化が起こっていることが根拠らしい。記事からも分かるように地球温暖化のモデルは確立されていないということだ。それをさも解決された如く、CO2を犯人にして世界経済をおかしくしていることが問題なのだ。一番の問題はエネルギー源を原発に求めていることだ。私はたびたび指摘しているように、原発の冷却水による海水温度上昇も地表温度の上昇に寄与しているはずだ。そして原発は放射能問題は解決しておらず、欠陥エネルギーである。それを隠してCO2にやさしいエコエネルギーだとして推進しようとしている。ゴア前副大統領のノーベル賞など、一部には「原発推進派による全く政治的な判断で問題にならない」という指摘も頷ける。

とはいっても、CO2排出規制は空気汚染などの環境を考えると、望ましい政策であることには異論はない。この意味では究極の犯人はGDP信仰である。世界の総GDPを下げない限りCO2問題は解決しない。人類の望む社会は経済大国ではない。「しあわせな社会」である。現在の価値観を変更することではないか。21世紀、新しい「成熟社会の指標」を作る必要がある。

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2009年9月23日 (水)

東京にオリンピックはもう要らない:

2016年オリンピック開催地に東京が立候補している。10月初めのIOCで開催地が決定するという。私は東京オリンピックには反対である。北九州なら日本が政府も一体になって推進する事に賛成であった。今、石原知事は鳩山首相に日本として東京オリンピック招致のためにIOCに行って欲しいと虫のいい要望を出している。石原は北九州から奪ってしまった。今や、日本のあらゆる矛盾は東京首都圏一極集中にある。小室直樹は政治、財政、司法が一極に集中するところに革命がおきる。日本は三権分立で権限が分散しているから革命は起きないと言った。これは国家の場合である。これを日本に当てはめてみよう。地域民主主義を考えると東京は日本の全ての権力を握っている。これは地方分権から考えれば地方からの革命が起こっても不思議ではない。そのような時にさらに東京が一人勝ちするようなオリンピック招致である。石原知事は単なる一知事と考えれば、自分の県だけが良くなれば言いと考えるのは知事としては責められる問題ではないかもしれない。だが、政府は日本のことを考えなければならない。東京にこれ以上のインフラはいらない。アリの巣のような地下鉄を巨大な予算を使って作る必要はない。日本一の優良農地である関東平野を潰してこれ以上工場などを作る必要はない。日本として北九州がオリンピック開催地として立候補していれば諸手を挙げて賛成できるが、東京開催は日本にとって最悪な選択である。かってはUターンなどと言って、地方回帰が見られたが。大企業の本社は東京に集中し、学生は首都圏でないと興味がない。ぜいたくな税金でインフラが進み、逆にUターンが逆Uターンとなって、現在は首都圏の人口は増えているのではないか。小泉改革で格差社会が広がり、より一極集中になってきた。

同じ予算を使って都市を整備するならば、その場所は東京など首都圏ではない。地方を整備し、税制面の優遇策などで人口の分散を図れば日本の抱える矛盾の多くは解決する。道州制を導入し、多くの権限を国から道州に移せば食糧自給なども大いに改善される事が期待される。道州制といっても本土の分割、行政府の設置場所などに多くの議論が出てくるだろう。分割にあまり問題が無い北海道、四国、九州などは先行して道州制を実施しても良いのではないか。

以上のように、オリンピックの東京開催は日本の将来に悪影響を及ぼす。石原東京都知事の自己満足をこれ以上許してはならない。鳩山内閣は日本の将来を考えてIOCでせめて積極的な誘致をしないでもらいたい。地方分権も一つの旗印として民主党政権は成立した。知事会はあれほど地方分権を求めたのだ。東京の一極集中をさらに増進し、格差社会をさらに進める基になるオリンピックの東京開催は地方として賛成できないことを何故もっと声高に叫ばないのだろう。知事会は単に自分で采配が出来る予算が欲しいだけだったのか。俺の県にも高速道路が欲しい、と駄々っ子のような知事ばかりだったのか。

オリンピックはスポーツだ。政治ではない。などとまさか今頃信じているのではないだろう。これほど政治的なものはない。政治的であればこそ、危うい国ほど金メダルの数を気にするのだ。

鳩山さんよ、あなたも政治的になって、マニフェストの地方分権に役立つ方策を採るべきではないか。

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2009年9月17日 (木)

労働組合の復活を!!日本再生のために:

昨今、ストライキやデモの話を聞かない。労働者はデモもストもやる元気がなくなったのか。アメリカでもそうだ。ではデモをしなくてもよいほど、幸せで楽しい生活を送っているのか。全く逆である。仕事がない。給料が安い。格差社会が進行している。どう見ても社会不安は増大している。

バブルがはじけて以来、労働者は首切りを恐れて押し黙ってしまった。この時代を乗り切るためにはライバルを貶めて自分だけは助かろうと。その結果どうなったのだろう。自殺が増加、泥棒・強盗・オレオレ詐欺。ホームレス、派遣労働者、フリーターの増加。みんな労働組合を無視し、自分だけは何とか生き残ろうとしたためだ。一人になれば資本家は首切りしやすい。

先進国でなぜこのようなことが起きているのか。国家がなくなったからだ。政府は国民を守る義務がある。国家間の貿易とは自国で足りないものを輸入し、余剰のものを輸出する。例えば日本を見てみよう。これまで日本の特技であった生産部門(電気製品、カメラ、自動車など)を労働力の安い中国などに移し、生産価格を安くして日本に逆輸入する。中国が自分達が作ったものを輸出しているのではない。日本の会社が中国で造って日本に輸出しているのだ。安いから国民の役に立っているだろう、ではない。日本の労働者を失業させて成り立っているのだ。つまりこれが先進国の不況の原因なのだ。中国などアジア諸国は物ではなく者(労働力)を安売りしているのだ。

アメリカが言うグローバリゼーションと言うのはこうやってアメリカ国民を疲弊させ、会社(会社の役員と資本家)だけが儲かるシステムなのだ。そのアメリカでも労働者は気がついていないのか、労働運動は記事になっていない(私の知る限り)。だから衰退していくのだ。オバマ政府は気がついたか、国産品を買え、という運動が少し目立ってきた。でももう国産品がないのだ。生活用品などブランド名はアメリカでもメイドイン・アジアなのだ。アメリカ政府は常にアメリカのことを考えている。米国民のことではない。スポンサーである資本家のことだ。組合寄りの民主党でも同じことだ。世界はどうでもよい。

ではどうするか。労働者が頑張って組合を作り、労働市場を取り戻さなければならない。少しくらい高くても国内生産高の比率が高い会社の製品を買おうではないか。日本の会社は世界と競争するよりも国内の同業他社と競っている。中国などアジアで生産して安く売る会社より、日本の地方で生産している会社を応援しようではないか。そうすることによって、地方の雇用を回復し、地方人口を首都圏から取り戻し、食料自給率の回復を図る。そのためには先ず労働者が団結して市民運動の起爆剤にならなければならない。

IT産業は会社がどこにあっても良い。だからアメリカからインドへの発注が多くなっている。これを国内版やったらよい。IT産業は地方でやってよいのだ。地方では人材が集まらない。既存の会社はそうであろう。IT産業など起業ができやすい産業である。そうやって地方分権をやる方法を考えよう。宮崎県のそのまんま知事のように、高速道路が欲しいなどと子供のように駄々をこねていてもダメなのだ。

「聞け!万国の労働者!」 は60年代、安保騒動の時によく聞かれた歌だ。

今、労働組合は無くなった。若者は「そんなのダサイ」という。では、きみ達はどうやって現状を打開するのだ。中国に行って労働者になるか。

オバマ政権が内向きになってきたことを察知して、中国は大使節団を結成して訪米し、アメリカの動きを抑えようとした。自分たちだけが儲かろうとしたグローバリゼーション。ブーメランのように帰ってきて、中国が「アメリカの内向きな政策はグローバリゼーションに反する」と。

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2009年9月 9日 (水)

拉致被害者救済・夢の救出劇

先日、あるところで変な人に出会った。彼は夢のような話を語ったが、それも一理あるかとブログにしてみた。最近北朝鮮が自民党をボロクソにけなし、民主党にエールを送っている。どうしたわけであろう。さて、私の聞いた夢を語ろう。

「「「横田さんがかわいそうではないか。何とかしてやりたい。おれには秘策がある。金正日が元気なうちに「お前は天皇になれ。明治憲法の天皇になれ。死ぬまで天皇でいられる。後継ぎは長男だ。」そうすれば後継者を巡る権力闘争もなくなる。万世一系の天皇が支配して、実務は首相を任命してやらせろ。責任は首相が取る。「お前が初代の天皇だ。天皇就任の時に、恩赦がある。そこで拉致被害者を天皇のお恵みによって日本に帰せ」そうすれば日本が独自に制裁を行っていたものは人道援助も含めて解除されるだろう。日本に屈して拉致してきた人たちを開放するのではない、と国民に、軍部に、説明できるだろう。と、これは北朝鮮の説明。日本は単に「拉致被害者が帰国できたから、これまでの日本独自の制裁を解く」とすればよい。」」」」

Q 今の北朝鮮制裁は核問題で国連決議で行われている。日本がその制裁を破ったら国際的な信用を失うだろう。民主党新政権がそんなことをするはずがない。

というと、

だからあんたは頭が固い。そもそも6カ国協議でも、拉致被害者問題は6カ国協議の邪魔だから2国間でやってくれと言われているんだろう。経済制裁が効いて音をあげてきている。だから、政権交代の時期を狙って民主党にすり寄っているのではないか。国連決議、6カ国協議、と別にやってもいいだろう。外交とは玉虫色にして、互いに国民に説明してやれるようにしないとうまくいかない。それには北朝鮮がまだ独裁政権の方がやりやすい。

飲み屋での話だから、うろ覚えのところもある。酔いがさめて、でも何か心に残る。こんな夢のような話があるか、と思いながら。では、クリントンはどうなんだ。そういえば北朝鮮に乗りこんでアメリカ人を救いだしたではないか。喜んで笑顔など見せないように、と政権からクリントンは厳重に注意されて行ったのだという。

彼は最後に言う、

俺の夢を実現できるような人物が民主党にいるかなー。

と。

彼の救出劇はあまりにも現実味のないものだ。でも、このままでは拉致被害者は国益のために切り捨てられるかもしれない、ということも事実であろう。北朝鮮の後ろには中国が居る。アメリカは中国の了解なしに北朝鮮を爆撃は出来ない。

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2009年9月 5日 (土)

日本改造はなるか、ではなく、改造実現:

今回の選挙結果を踏まえて、「民主党がいくら力んでも、たかが知れている。鳩山はインド洋給油でも外交継続、とトーンダウンしているし、天下りも官僚による先取り、政権が交代しただけで何も変わらない」という論調が多い。新聞記者上がりのブログなど、特にひどい。こんな連中が記事を書いているのだから、日本は変わらないのだろう。

民主党若手の中には本格的に官僚体制の改革を考えている者がかなりいる。菅直人らが英国の制度を検証してきたことに真剣味がある。マスコミは小沢一郎が幹事長に起用されたことに無理やり、面白がって権力の二重構造と騒いでいる。今回のマニフェストは小沢も、俺はしらねー、とは言わないだろう。財政面では野党である民主党のマニフェストは正確性を持てないのは当然(と前回のブログで書いた)だが、官僚体制の改革は本気であろう。その場合、民主党として本気であれば小沢一郎の幹事長就任は目標達成に良い結果をもたらすであろう。英国は、官僚は記者会見してはならない、という。となれば、各省庁の責任は大臣が負うことになる。事故米などで責任を追及された農水省次官、今後はこのような時、大臣が対応することになる。民主党にその覚悟が出来ているのだろう。

なぜ、各省庁のトップの事務次官が省益に走るのだろう。その原因は各省庁が抱える特殊法人、独立行政法人などの天下り先の確保と自らの天下り先の確保である。この天下り先の人事権は次官が持っているのではない。OB会が握っている。もし次官が政治家の言うことを聞いていたら自分の天下り先がない。つまり、法律的には一番権限を持っているはずの各省庁の次官には政治家より怖い人がいるのだ。

いま、駆け込み的に天下りが行われている。これに対しては法律的に防ぐ手立てはない、と新立法まで我慢しなければならない、という風潮である。だが待てよ。例えば、大日本水産会に事故米事件のあの農林次官が天下ったという。水産業界に支払われる補助金などは必ず大日本水産会を通さなければならない、という法律があるのか。そのために作られたのは分かるが「ねばならない」という法律があるか。なければ別の組織を作って違法的に天下りを決めた大日本水産会に資金を流さなければ良い。そのくらいの荒療治が必要だということだ。廃藩置県ほどではないが。

小泉改革の不備は、公務員の絶対数を減らしたが、事実上の公務員は増加していることだ。問題は不要な特殊法人を削減することをしてこなかった。渡辺元行革大臣や河野太郎など自民党改革派の中にも天下り禁止に積極的な議員も多い。天下りで民間に行くのは良い。いまや能力のない次官を優遇するほどバカな会社は少ない。問題は???法人である。

せっかく公務員改革に積極的な民主党が絶対多数を取ったのだ。改革に向けて後押しする勇気はないのか、マスコミよ!!!

日本改造はなるか、などと傍観していないで、改造実現に向けて進もうではないか。2大政党制の良いところを利用しようではないか。みんなで応援しよう。

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2009年8月31日 (月)

アメリカの脅しに屈するな、民主党:

選挙は民主党が大勝し、私の希望する政権交代が成った。内政問題はこれからの民主党の実力を見せてもらいながら考えて行きたい。その前に政権を揺るがすかもしれない日米関係を考えよう。

朝日新聞(9.8.29)に気になる記事が載っていた。ニューヨークタイムズに寄稿した鳩山論文について米政権関係者が批判している、という。

記事によれば、鳩山は米国主導の世界経済を批判し、アジア中心の経済・安全保障体制の構築をめざしている。このことは日米の経済・安全保障問題に非常に危険である。民主党がこの道を歩めば、オバマ政権が日本を見捨てるかもしれない、と脅かしている。

田中宇によれば、世界はアメリカ一国中心の時代から多極協調の時代へ、すでに移行しつつある。G8だけでは世界は動かず、BRICSを加えたG20を重視しなければならなくなった。鳩山論文(詳細は書いてないが)でなくてもG8やIMF体制は上手く機能しなくなってきているのは世界の常識である。これに対して米外交問題評議会の研究員の意見として、鳩山批判を記事にしたと言う事は朝日新聞が新政権(民主党政権)に圧力を加えてきた、ということだ。なぜなら、朝日新聞が社説ではなく「アメリカの意向」として、選挙実施前にその記事を書いているからだ。アメリカの考えは、沈みつつあるアメリカ丸を、日本を有効に使って何とか沈下速度を緩めたい、ということである。そのために日本に「見捨てることもあるぞ」と脅しをかける、外交政策としては当然のことだ。問題は日本のマスコミがすぐにこれに飛びついて、日本政府に外圧を与えることだ。

アメリカはかってココム規制で共産圏への輸出を制限しておきながら、日本には通知せずにニクソンによる米中会談を実現させ、中国との国交を成立させ、経済関係を有利に進めてきた。アメリカに遠慮して先を越された田中角栄は、その年すぐに「日中国交」を成立させ、日中貿易をすすめた。「田中角栄はアメリカの了解を得ずに日中友好、アジア外交、を進めたために蹴落とされた」とも言われている。これ以後、失脚を恐れる日本の首相は、外交問題ではアメリカの下僕になった、と。あまり信用したくない情報である。しかし、

残念ながら、日本はアメリカに見捨てられると大変だがアメリカは日本に見捨てられても一応平気である。

アメリカの下僕となって働いた中曽根と小泉が長期政権であった。中曽根はロンヤス関係や不沈空母などの発言で、小泉はいち早くイラク戦争を支持し、竹中理論を取り入れて新自由主義を提唱し、郵政民営化によって郵貯資産の流出に手を貸し、ブッシュの指示を取り付けた。つまり、アメリカの下僕となって、大統領の支持を取り付けた首相だけが長期政権になった。これをもとにすでに鳩山(民主党)政権に脅しをかけてきているのだ。

日本のマスコミに「世界は多極時代、アジアは米欧についで第3極になる。日本は重心をアメリカからアジアに移していかなければならない」という見識があれば米政権の意向をそのまま無批判に垂れ流しはしないであろう。アメリカは、日本には「日本重視」を言いながらすでに「中国重視」に舵を切っている。民主党政権に対してはすでに昨年の小沢一郎発言に対してもアメリカは一度脅しをかけている。

幸い、今回は大勝である。党がしっかりしていれば4年間は大丈夫である。少しくらいの逆風は無視して、日本のあるべき外交を進めるよう希望する。

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2009年8月25日 (火)

マニフェスト選挙は10年早い:

政治家も新聞テレビなども評論家も、みんなマニフェスト選挙だと騒いでいる。みんな幻想に走っている。日本にマニフェスト選挙など10年早いことを知らないのだ。民主党のマニフェスト、これは当てにならない。なぜか、政権を担当しない政党のマニフェストは検証しようがない。どんなマニフェストを作っても政権を担当しなければ実行する責任はない。万年野党の政党のマニフェストなど意味がないのだ。現在、与党である自民党と公明党のマニフェストに注目すればよい。彼らの前回のマニフェストは採点できるのにマスコミ、評論家は採点していない。自民・公明の与党やマスコミなどは民主党の財源などを批判しているが、そもそも政権を担当していないうえに、議員の調査権を使って資料を要求しても各省庁は資料を開示しない。一方で与党には資料を提出している。その資料は正しいものかどうかは分からないが、その資料を基にすれば各省庁の提出する政策に行き着くように作られている。そんな状態で財源の正確な情報などつかめるはずはない。従って、先ず民主党(野党)に一度政権を担当させ、官僚がどのような資料を出してくるか、どこに財源が隠されているか、どんな無駄使いがあるか、など調査してもらう必要がある。2大政党で共に政権を担当して経験をつんだ後で、さて次からがようやくマニフェスト選挙である。

日本の民主制度はイギリスをモデルにしている。2院制、国会が首相を選ぶ、政党政治など。イギリスは2大政党で政権交代は常に行われている。このような状態ではマニフェスト選挙は意味があり、選挙そのものがマニフェストの採点を兼ねている。

政権交代がないために、議会での質疑応答は形だけとなり、小泉のように「審議拒否してもどうせ出てくるから」とまともな回答もせず、法案の修正にも耳を貸さず、時間がきて多数決で通ってしまう。官僚は与党だけを見ていればよい。つまり、議会政治が機能していないのだ。前回の参議院選挙で民主党など野党が多数派となったために、明るみになったものが沢山ある。年金はその一例である。

今回の選挙はマニフェストは関係ない。先ず政権交代して、本物の議会制民主主義を実現しよう。

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2009年8月18日 (火)

疫病神、田中真紀子を入党させた民主党:

選挙の公示直前になって、何を血迷ったか民主党は田中真紀子夫妻の入党を許可した。田中角栄は悪くもあったが偉大な政治家であった。しかし、田中真紀子は政治家ではない。あるところでは麻生首相と似ているところがある。政治を漫才と間違えて笑わせようと思っているのかなー。面白がって集まってくる聴衆の多さを人望と間違えているのかなー。

小泉は自分が総理になるのに利用したが、不利になるとサッと切り捨てた(賢明にも)。

いま、民主党はなぜ入党を許可したのか。単なる1議席が欲しいならば選挙後であっても良かったはずだ。彼女の遊説がプラスと考えたか。今や田中真紀子を信ずる人はいない。政治生命は終ったのだ。逆にマイナスになる。なぜか。テレビなどマスコミが追いかけるのだ。麻生総理と同じでテレビに出れば出るほど民主党にとってマイナスのイメージを与える。特にマスコミは「入閣」などを口にする。彼女が閣僚になるなどと宣伝されれば国民はあきれ返ってしまうだろう。麻生総理の大ヒット(40日選挙)で自民党が追い上げ、これでも民主党が辛勝するかというときに、「田中真紀子の入閣もありうる」などとマスコミが追いかければ民主党の勝利は怪しくなってきた。

それでも皆さん、政権交代なくして民主主義無し、を肝に銘じて、民主党を応援しようではないか。一度霞ヶ関もガラガラポンとひっくり返さなければ日本はダメになってしまうのです。マニフェストなどと流行に乗ってはしゃぎまわっているみなさん、日本にマニフェストなどまだ早いのです。何をやっても政権から転げ落ちない与党は前回のマニフェストの検証もしないし、万年野党はどんなマニフェストを書いても絵にかいた餅である。一度、政権交代することによって初めてマニフェストの意味が分かって来る。麻生内閣になってから、どちらが与党か分らないくらい、所信表明演説から民主党に噛みついている。どうやら与党は実行する政策に自信がないようだ。

もう一度叫ぼう===政権交代なくして民主主義無し===

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2009年8月14日 (金)

武力支配と非暴力運動、解決法は?

北朝鮮は武力で国民を従わせ、軍人は栄養たっぷりで力がある。国民は栄養不足で声を張り上げる力もない。戦前の日本も悪名高き治安維持法で国民は支配された。ミャンマーでは軍人支配が続いている。スーチーさんは民主化に向けて非暴力で戦いを続けている。選挙では圧倒的な支持でスーチーさんの勝利であった。しかし軍はそれを認めず、スーチーさんの自宅軟禁は終わりなく続いている。武力の支配に対して非暴力で民主化は勝ち取れるのか。非暴力運動の元祖、ガンジーには今も憧れる人は多い。スーチーさんもその一人であるという。

ガンジーの運動は現在の北朝鮮やミャンマーの問題と区別する必要がある。ガンジーが戦ったのは近代国家イギリスである。植民地支配の損得は分かる良識を備えている。それでもガンジーは確かにその運動によって国民の意識は替えたが、独立は勝ち取ることはできなかった。独立は戦争の結果として、宗主国イギリスが「時代は自分たちに不利」と悟ったために、生まれた。第2次大戦がなければガンジーの非暴力独立運動はどの程度効果があったか疑問である。

北朝鮮やミャンマーの場合は国内問題である。スーチー運動も国民の意識は替えた。世界もその運動を支持している。しかし、軍事政権は倒れない。北朝鮮も然り。つまり、対象となる軍事政権に良心のかけらもなければ、いくら騒いでも何の効果もない。非暴力運動の効果の根拠は相手が人並みの良心を持っていることが前提である。20世紀の民主化運動を見ても武力失くして成功した例はない。その国に民主化をバックにした武力をもった勢力がなければ成功しないのは明らかな事実であろう。孫文の中国、毛沢東の中国、レーニンのソ連、彼らは武力によって国内を制覇した。ソ連崩壊後の自治区の独立、みんな独立戦争を実行する武力があったために成功した。

世界的規模の戦争がほぼ無くなった(戦争をしても利益がない)現在、武力支配されている国に非暴力での民主化の達成は期待できないだろう。北朝鮮にもし武力をもった民主化勢力があれば世界の支持を得れば達成できる。ミャンマーにも同じことが言える。

中国のチベット、ウイグルの独立運動もそうである。石や棒で立ち向かっても独立は勝ち取れない。非暴力とは相手の良心に訴える作戦である。軍事政権がNOと言えば終わりである。

ユーゴの内戦も分離独立を目指す勢力が武力を持って立ち上がり、その勢力からの協力要請にこたえるという形で先進国が介入した。国内にそのような勢力がなければ、いかに先進国といえども軍事政権を軍事力で叩きつぶす、という手段はとれない。つまり、大義名分が必要なのだ。

ウイグル人やチベット人の独立運動も現在武装集団を持っていない。巨大中国人民軍に押しつぶされている。特に中国政府は国内の反乱分子を、アメリカが敵とみなす国際テロと同じに見たて、自国にとっての敵を退治するのはその国の権利であって他国は干渉してはならない、という規則で合意を取り付けようとしている。アメリカが中国に対して行っていた民主化要求はどうなったのか。つまり、アメリカの外交政策というのは、その程度のものだということだ。民主化要求などその程度の意識しかない、と考えるべきである。

非暴力運動というのは意志は崇高であり、尊敬に値する。従って、賛同するのに異を挟まないが、目的とする民主化を達成することはできない。なぜか。民主化によって民主化政権を作るということは、そこに国家権力が生まれる。治安を保つには「武」が必要になって来る。「武」を軽視しては国家は成り立たない。非暴力運動というものは単なる抵抗手段ではないか。「民主化政権を作るためには武力は必要である」と肝に銘ずるべきである。平和、平和、と唱えていれば平和が維持されるのではない。

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2009年8月10日 (月)

自民党支持者に告ぐ

自民党がなぜ衰えたのか、考えたことがありますか。前回の郵政選挙で300議席を取ったのは自民党の勢力が回復したのではない。たまたま、小選挙区のために成立した現象です。自民党の勢力は衰えていない、と考えていますか。自民党退潮の原因は公明党と選挙協力を組んだためです。選挙の結果連立で政権与党になるだけなら問題はなかったのに、あろうことか自由を愛する自民党が言論の自由に問題を抱えている公明党(創価学会)と手を組んだために退潮が始まったのです。すでにブログでも書いているように、よい例として矢野元公明党委員長の「黒い手帳」を挙げて、宗教と政治、言論の自由、を検証してみよう、と提案している。新聞の広告欄に「黒い手帳」が出た。普通ならば新聞の広告欄に出ると、図書館での貸し出しも予約待ちとなり、書店にも並ぶものである。しかし、この本は図書館にも蔵書としてない。書店にも並んでいない。「何かの力」が働いていると感じたのは私だけではないだろう。だから、ジャーナリストに「何かの力」がなかったか検証することを提案した。ある友人は選挙が近づいて言論の自由を問われるのを警戒したか、最近書店に展示されている、と私に告げた。まだ検証していない。最近の週刊誌に田中康夫が立候補した兵庫県でえげつない選挙妨害(この程度では法に触れない、という。しかし、田中氏のポスターを貼った商店に不買運動などの嫌がらせやポスター剥し(選挙ポスターではない)が行われているという)が行われていると言う。犯人は誰だろう。言論の自由に疑義のある運動は他にもたくさん指摘されている。しかし、新聞など言論機関に不買運動などを仕掛けて、言論の自由を封じている(過去の例)。これが成功してか、矢野事件の裁判結果(これは民主主義の根幹である言論の自由についてである)の報道は、あっても一般の人には分からないくらいの小さなスペースであった。過去に銃弾に倒れた記者のために、「言論の自由」のキャンペーンを張る朝日新聞よ!なぜ矢野事件の裁判結果の記事が小さいのだ。報道する価値がないと思っているのか。

自民党の退潮はこのように問題のある公明党と選挙協力の手を組んだためである。小選挙区で確実に票が手に入る。そのために自らの努力を怠り、今ではこの協力がなければ完全に民主党に負けている。このために離れて行った有権者も多いと聞く。与党慣れした公明党が負けると感じたら、自民党から離れるかもしれない。現に、すでにその傾向もあるという指摘もある。自民党はどうする気だろう。

今回も禁じ手である宗教政党と手を組んでいる。自民党支持者の諸君、公明党は言論の自由を保障している政党と考えるか。もし、公明党が宗教政党でないと主張するならば、先ず、手始めに「黒い手帳」の検証をして、矢野事件の裁判結果を厳粛に受けとめるべきである。自民党支持者の諸君、きみ達は言論の自由をどう考えているか。健全なる二大政党制を実現して日本に活気を取り戻そう。

そういえば現代日本に労働組合もストもデモもなくなった。学生や若者に活力がなくなった。自分だけイイコになろうとして他人を蹴落とす。首切りに会わないように言論の自由にも封印しているかのようだ。その鬱積が溜まって、異常気象ではない人間の異常行動が目立つ。思ったことを発言して元気を取り戻そう。

―――だからここで一度、政権交代が必要なのだ―――

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2009年8月 8日 (土)

祝日を減らし、日本に豊かさを!!

日本人は働き蜂だという。日本製品が世界を制覇するようになって、欧米から「働き蜂」というレッテルが張られ、政府は祝日をこれでもか、と増発した。今や、世界に類を見ない祝日大国である。しかし、「働き蜂」というレッテルはなくならない。サービス残業が増えるだけである。

さてさて、なんで祝日がそんなに増えたのであろう。万年与党の自民党が落ち目の人気を取り戻そうとしたためではないか。誰かが言いだすと労働者は別に損をするわけではないし、野党もわざわざ反対する理由もない、とそのまま法案は通る。このまま放っておくと毎日が祝日になるのではないか。そろそろ祝日の数を大増発の前に戻そうではないか。日本人はお上が休みと言わなければ休めないのか。増発した祝日では足りず、祝日が日曜日だったら、おまけに月曜日も休み。祝日に挟まれた日は休み。ついには勝手に祝日を動かして連休にする。GWだけでは足りず、秋のGWも作る。学校や民間会社は困っているのだ。学習塾は儲かるかな。

一方で有給休暇は余るほどある。土日、祝日、と有給休暇をすべて使ったら、日本人は一年に何日働くのか考えてみたことはあるのか。今やカレンダーで見る限り、日本人は世界で一番働かない国になってしまった。時間給に直せば一般労働者は世界一の高給取りであろう。

「有給休暇があり、それを使える大企業に働く人は良い。われわれ中小企業の人間は休日でも休めないのだ」と反論する人もいるだろう。その人たちは「祝日も休めない」のだから増発しても意味がないだろう。

祝日に完全に休みが取れるのは公務員だけである。課長より先に家に帰れない。これが日本か、と言ってアメリカ帰りの日本人が厚生省に就職して体験し、本を書き、辞めてしまった人がいましたね。また、新聞人でしたか、夏季休暇を一か月も取ったら首になったとか。有給休暇は勝手には取れないでしょうが、予定しておけば取れるものです。今や、大企業はお上から文句を言われないように社員に有給休暇を消化するように命令を出しています。労働者よ、君たちは命令されて休暇を取るのか。

自民党政権は土日に高速道路料金を下げた。混雑がまた始まる。週日の料金を下げれば有給休暇を取って出かける人も増えただろうに。

観光地は土日以外は人が来ないから交通の便が悪い。だから、毎日が日曜日の人も土日を利用する。

祝日を減らし、有給休暇をみんなが活用するようにして週日の高速道路料金を下げれば週日の旅行者が増えるのではないか。そうすれば観光地によっては週日の交通の便も良くなるところも出てくるだろう。

日本の生活様式も変わるのだ。お上が、殿様が、休日と決めてくれなければ休めない、と思っている日本人よ、有給休暇を活用しよう。日本の民主主義と同じく日本の労働者が勝ち取った権利ではなく、ILOなどから労働者虐待のレッテルを張られるのを怖がった政府、役人、資本家軍団が導入した制度だから労働者はアリガタがらず、使われないのかも。

まず、祝日の数を元に戻すことから始めようではないか。

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2009年7月27日 (月)

政権交代なくして民主主義無し

衆議院はようやく解散し、830日の選挙となった。解散から選挙まで40日、これは麻生首相の大ヒットであり、政権交代はあやしくなってきた。

政党がマニフェストを出して政策論争をすると言うのは欧米の民主主義であって、日本にはなじまない。これは契約国家の考えであって、前回のマニフェストがどのくらい達成されたかの評価も出来ない日本では役に立たない。達成度が低かったら次の選挙で敗北するか。日本では敗北しないのだ。また「今度はやります」というマニフェストを作る。日本人はまたそれに投票する。日本人は何度浮気しても、謝って抱かれてしまえばまた忘れるバカな女房のように、何度だまされても自民党に投票してきた。田中金権で批判されれば三木を出し、リクルートで批判されれば海部を出し、ほとぼりが覚めれば強引に引き摺り下ろす。いま、ようやく自民党政権に終末がやってきて、政権交代が現実味を帯びてくると、マニフェストで競え、という。自民党にはまだ出来上がっていない。民主党のマニフェストを見て、国民受けするものがあれば全て取り入れるだろう。後だしジャンケンである。ある議員は自民党も天下り完全禁止を入れろと騒ぐ。300以上の議席でも実現できなかったものを今度は民主党に負けずに入れろ、と騒ぐ。高速道路無料化を民主党が叫ぶと、土日、祝日、お盆休み、1000円にする。差額は税金から公団に払っているのに、民主党の無料化には財源はどうするのだと騒ぐ。もう、君達は税金から払っている。官庁は民主党の情報開示要求には拒否して自民党に情報を与える。つまり、財源など政権を握らなければ確実な情報は得られないのだ。万年野党だった政党が初めから財源もみんなクリアする政策マニフェストは作ることが出来ないのだ。

自民党が崖っぷちにあるのにテレビには、政治評論家なるものが出て、「民主党のマニフェストには財源を明示する必要がある」などと、さも公平にマニフェストを比べるのだ、というジェスチャーをとる。こうやって40日もある選挙までの期間、連日続けるのである。日本特有の「出る釘は打つ」習慣である。かくして釘は打たれてへっこみ、政権交代は遠のき、国民は自ら破滅に突き進む。

ある討論で外交政策が違う民主と社民が連立を組むなら、そのようなマニフェストを作れ、という。バカか。マニフェストは政党ごとに作る。選挙の結果連立を組むことになればそこで政策をすり合わせる。選挙前に、政権を取れるか分からないのに共通のマニフェストを作るか。自民党と公明党は現在連立して政権を担っている。外交政策は同じか。マニフェストに同じ外交政策を書いて選挙をやったのか。今、自公政権は必至である。

既にブログで述べているように、政治は権力闘争である。権力を握っているものがどれだけ強いか分かるであろう。権力側が転げ落ちそうになるとき、落下を防ごうとすればどのくらいの権力が使えるか。これから40日間、なんでもありの戦いが続く。これに勝てなければ民主党の政権奪取は不調に終るかもしれない。

日本の政治が変われるか、政権後退で真の民主主義に近づけるか。

もう一度言おう「政権交代なくして真の民主主義はない」

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2009年7月20日 (月)

エコとはCO2問題か?

最近エコが独り歩きして威張っている。エコ商品、エコポイント、エコと名がつけばなんでもOKの世の中である。巷に広まったエコ。辞書ではないエコの中身はなんだろう。

トヨタにプリウスはなぜエコカーなのか、と聞いてみた。つまり、燃費がよい。したがって同じ距離を走るのに消費するCO2が少ないと言う事だ。タイヤもエコタイヤを使っている。エコタイヤとは何か。素材がエコなのではない。つまり、タイヤも燃費に影響しているのだ。それならば、今後は他の車もみんなエコになるのか。エコにするにはボディから設計しなおさなければならないのでハイブリッドにはなってもエコにはならない。これは車はエコになっても、燃費がよくなったから利用者はその分、余分に走るだろう。つまり、排出するCO2は変わらない。人は何かをやりたいために車を使っているのではない。大阪まで行こう、と言って車に乗っているのではない。大阪まで行っても余っていれば広島まで行ってしまうのだ。テレビもエコになった。では今まで32インチであった物を45インチにしよう。CO2排出量は大きな変化はない。科学技術の進歩でCO2排出量は減ってもその分生活レベルを上げる経済的余裕が出来る。レベルを上げるからCO2排出量は減少しない。

CO2排出量を減少させるには生活レベルを下げる事。貧乏になれば下がる。

太陽光発電はエコであるか。これは電力源としては一番筋がよい。素子の製造やシステム設計、蓄電装置などにどれだけのCO2排出があるか。低価格化が進めば、戸立て住宅の他に都市部のビルの壁面も活用すればよい。問題は効率をあげるために広大の土地や海を利用することが考えられていることだ。これまで降り注ぐ太陽光によってその地域の気温、動植物に作用していたものを遮断する事になる。それによる環境への影響をどれだけ考えているのか。環境アセスメントが重要になってくる。風力発電も同じことが言える。

原子力発電はまったく別である。これは欠陥商品である。放射能問題が解決しないうちは欠陥商品であるからこれ以上の原発を禁止しなければならない。核兵器の廃止が叫ばれているが、兵器ではないが原発も世界で総数を制限しなければならない。

私はCO2増加が地球温暖化の主原因である、という主張には与しない。地上での総エネルギー消費量が問題である。それでも太陽系の自然現象から見れば微々たるもの、そんなに大騒ぎするものではない、と考える。人間が制御できるもので考えるならば世界人口を現在の半分にすること、これが食糧問題、環境問題を解決する事になる。医学の進歩で世界が日本並みの生活レベル、平均寿命になれば現在のエコ問題は何の解決策にもならない。

現在のエコ問題はどうやれば自分の国が儲かるか、という経済問題、政治問題に過ぎない。

先日の朝日新聞に東北大の明日香教授のインタビュー記事が載っていた。彼はガチガチのCO2犯人説の人であるが、そこで「中国は日本よりエコに本腰である」と述べていた。その理由は「新しい設備を設置するときに大金を投資して最新のエコ機械を導入している」からだ、という。冗談も休み休み言ってもらいたい。今後中国全体で貴方の言う犯人CO2を地球規模で減らすには中国全体で現在よりもCO2を減らさなければならない。最新の設備でも設置すればCO2は増加するのだ。そして最新のエコ設備とは日本製である。日本は世界でいちばんエコが進んでいる。ぎりぎりまでエコ設備を開発し、これ以上は難しいところまで来ている。これ以上CO2を減らすには生活レベルを下げなければならない。中国は労働力の安さだけで外国の工場を誘致して儲けているだけである。どこから「中国は日本よりエコに前向きである」という発言が出てくるのが不思議である。いくら「中国国籍(初めて知った)」と言っても贔屓のしすぎではないか。

私はCO2犯人説には与しないが、これ以上CO2を減らすには生活レベルを下げるか、CO2を吸収する物(生物でもよい)を開発するしか方法がないだろう、と思っている。

でも、もしCO2の増加を本気で食い止めたいなら、世界人口を減少させることだ。それ以外の政策はやっても何の効果も上がらないだろう。

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2009年7月12日 (日)

日本は殿様民主主義の国

日本人は民主主義を知らない。市町村長、知事、議員、みんな国民が選挙によって選ぶ。ところが選んだ途端に彼らに支配される。選ばれた人は殿様だ。日本人は殿様が好きだ。殿様の言うことを「ハイハイ」と聞く。殿様に支配されるのが好きなのだ。何か問題があると殿様に訴え出る。殿様は公務員を悪代官に仕立て上げ、彼らが怠けている、と説明する。殿様はいいんだが官僚が悪いのだ、という。いま、そのまんま知事や橋下とか言う知事が世間を賑わしている。地方分権、国の予算を県によこせ、国の仕事に県が予算と人を提供しなければならない今の制度は地方財政を圧迫している原因である、と。だが待てよ。知事よ、貴女もその手を使っているのではないか。知事は市町村に対して県の仕事を分担させ、予算は付けていない。国に要求しているのは良い、一方で下の方には威張っていては話にならない。そのまんま知事は宮崎にも高速道路が欲しい、と駄々っ子のように欲しがっている。今度は国会議員になりたい、大臣になりたい、総理大臣になりたい、正に駄々っ子である。先ず、知事としての評価を受けるべきである。マンゴ売りや地鶏の宣伝マンではだめなのだ。評価を担当した北川 正恭氏は合格点をつけたという。私はがっかりした。彼の主張にはよいものがあると評価していたのであるが、早稲田大学のよしみで合格点をつけたものであると聞く。この一事をもって今後、彼の評論は価値のないものと判断しよう。

選挙で一度殿様を作ってしまうと殿様への批判は無くなり、従順に従う。常に批判精神を持ち、殿様も必要ならトッ変えねばならないことを忘れないように。

千葉県知事選挙で表舞台に登場し、国政でも名乗りを上げた「幸福の科学」。創価学会に次いで二つめの宗教政党である(オウム真理教もかっては国政選挙に登場したが)。宗教政党には封建君主のような殿様が存在する。この殿様には絶対服従である。宗教政党の活動資金の流れ、宗教施設の選挙運動使用を徹底的に明らかにすることを望む。公明党が与党にいる限り、検察による捜査は望み薄であるが。マスコミによる調査結果に期待しているのだが委縮した言論界に勇気ある人材を期待したい。矢野元公明党委員長による「黒い手帳」はその手始めに検証して欲しいものである。

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2009年7月 1日 (水)

少子化対策は不要である:

少子化対策法案には「少子化の進展は、二十一世紀の国民生活に、深刻かつ多大な影響をもたらす」から対策を立てなければならない、と書いてあるが「深刻かつ多大な影響」とは何かが書いてない。そして対策とは出生率を増加させる環境をそろえようということである。私はここで「深刻かつ多大な影響」とは何かを考え、少子化対策不要論を説く。

戦前は「産めや増やせや」なる政策があった。これは戦争でたくさん死ぬから、兵隊候補生を増産しようとしたものである。太平洋戦争では200万人も死んだそうである。さて、21世紀、同じような戦争の時代が来るのであろうか。誰も望んではいないが、来るかもしれないことは念頭に置かなければならない。しかし、「産めや増やせや」の時代ではない。

世界は富国強兵時代ではない。経済もなんとか理論でGDP万能ではない。これからの社会は何を目指すべきか。日本はどんな社会を目指すべきか。勝手に「日米欧」などと言って日本がECと米国と対等であるかのように国民を教育してきた。日本は国土も似ているイギリスを夢見たか、明治以来張り切りすぎてきたのだ。私はこの国土の面積からして6000万人の人口が快適な社会を形成できると思っている。現在の半分である。なにも少子化対策などする必要はない。少しづつ人口は減少していくことが望ましい。

いま、大騒ぎをしているのは「年金をどうするのか」ということであろう。これから時々日本の未来像を提案していこうと思っているが、年金についてはいつか試案を公表しよう。

少子化対策で子供を増やしても「働かない人」「働けない人」が増えても仕方ない。また、「働く場所も提供できない国」であっては意味がないのである。働く場所さえあれば、60歳以上でも働きたい人はたくさん居る。健康を考え、ボケ防止などを考えれば、ワークシアリングを導入すれば若者でなくても労働人口は十分あるのだ。働く気のない日本の若者を養うためにアジアから労働力を輸入する必要はない。

いま少子化対策として考えられているのは働く女性、幼児教育などに必要なもので、これまでの自民党政権下では無視されてきたものであり、先進国では当然必要な政策である。

人間も動物である。自立できない動物は死にゆくのみ。人間だけが自力で生きることが出来ない仲間も一緒に連れて行く。時には自力で生きることが出来ない人を残して元気なものが先に逝く。

人間の社会は進展しているのか、それとも後退しているのか。良く考えよう。

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2009年6月21日 (日)

検察は第4の権力か:政治的陰謀

週刊朝日によれば、「検察が民主党を狙っている」と。西松建設問題が終ると、「凛の会」問題で民主党の石井議員を狙っている。実は検察のトップ樋渡検事総長は大の民主党嫌いであるという。そして、本番は民主党が政権を取った時に始まる、と。そのために今検察は躍起になって民主党議員の行動を調べている、と。私は与党、特に公明党(創価学会)の存在が大きいと思っている。この検察のトップは創価学会と関係がないか、その身元を調べて欲しいものだ。民主党を仏敵と呼んで憚らないのが創価学会であり、これまでも検察に圧力をかけてきた経歴がある。与党になって一番欲しがっていたのが法務大臣の椅子である。以前にも書いたように矢野元公明党委員長と創価学会との裁判で学会が敗訴した事実は言論の自由に取って非常に大事であるにもかかわらず報道機関はほとんど報道していない。この問題は宗教と政治」としてまた別に取り上げてみよう。

戦後に導入された欧米民主主義は三権分立である。行政(内閣)、立法(国会)、司法(裁判所)の三権である。しかし、最近目立ってきたのは検察である。政治的に中立を守ると言う大義によって、この民主党嫌いの検察トップをすげ替えるのは難しい。司法のトップ(最高裁長官)は内閣が任命する。しかし、検事総長は司法の中にある。これを利用して暴れまくっている。検察の第三者委員会は西松問題で「二階議員を不起訴にしたのは不当である」とした。私が指摘したように、検察が調査する気がなければ事実はつかめない、起訴する権限は検察にある。二階大臣に対しては起訴に値する事実がつかめなかったのではなく、調べようとしていない、調べたが事実を公表しない、という可能性が高いのだ。

小室直樹氏が言うように「革命は三権を独りが握っている国に起こる。日本には革命はおきない」。しかし、今は検察のトップに野党大嫌いの人物が座っているとすると、与党が国の三権を握っていることになる。これは民主制にとって非常に危険である。小室直樹氏の言を借りれば「日本にも革命がおきても不思議ではない」。しかし、雇用がない学生、派遣労働者、会社も公務員にも今や労働組合はなく、デモもなくなった日本には革命を起こす力もなくなった。世界で日本だけが社会的進歩から置き去りにされている。

だから叫ぶのだ。

「政権交代して、日本を活性化しよう。民主党の政策に疑問点があってもよい。まず、政権交代ありき、で日本がChangeしなければ、経済も政治も日本は三等国になってしまうだろう」

なんとなく、いつも支持しているから自民党、と考えている皆さん。日本の将来を真剣に考えたことがありますか。

これはまた、アマノジャク氏に似合わない発言をしてしまいました。たまにはまじめな事も書くのですよ。

さて、最近

冤罪が多い。どんな証拠を出しても検察は応じない。検察が応じなくても裁判官が取り上げなければ冤罪は起きない。したがって刑事事件の場合は冤罪は裁判官の協力が必要である。

しかし、政治家の場合は検察だけで出来る。それはなぜか。政治家の場合、起訴することによってその人の政治家としての使命制するをを制する事が出来るからだ。鈴木宗男の場合、起訴されたことによって彼の政治力は失われた。今になってあれは国策捜査であった、とマスコミは反省しても、もう遅いのだ。これを考えると検察は絶大な権力を握っていることになる。人民裁判によって、冤罪を担当した検事、裁判官を紙上に公表し、権利を剥奪する制度を導入しないと日本の民主政治は危ない。「検事総長は大の民主党嫌い」こんな状態は想定外のことである。

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