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2008年10月

2008年10月27日 (月)

国立大学、国立研究所の必要性

小泉改革の一環として、すべての国立大学、国立研究所が廃止され、独立行政法人となった。これは改革ではなく改悪である。単に公務員の数を減らし、名目上小さな政府を作ったという偽装改革である。独立行政法人はこれまでの悪評高い特殊法人と同じ扱いになったにすぎない。予算などでは特殊法人とほぼ同じ形態をとり、どんぶり勘定で、理事長の権限が増し、会計検査院の目が届かなくなり、より不透明となっている。理事長の任命権は省庁にあり、敷地や建物など、会計上独立行政法人に移行したはずの物の処分なども省庁が握っている。理事などの人事権も天下りなどで支配しており、国民の利益になっているとは思えない。先進国の中で、国立大学、国立研究所を一つも持っていない国がありますか。今年のノーベル物理学賞受賞者も「基礎科学の衰退」を懸念していました。「国立大学、国立研究所を独立行政法人として、外部評価を確実に行って、国民の期待にこたえる」と表面上正しそうな大義名分であるが、評価は評価できる人が必要である。評価基準が必要である。今、独立行政法人の評価は目先の利益が優先され、日本の国力は確実に低下しつつある。そこで私は20の大学、10の研究所を国立に復活させるべきである、と提案する。採算の取れる研究はそもそも民間の研究所で行われている。改革で必要なのは、省庁や国立大学、国立研究所にぶら下がっている特殊法人を廃止することである。省庁や国立大学、国立研究所が発注する仕事はすべて民間でできることである。内情を知らないとできないものがあるとすれば、それはそもそも外部発注できない仕事である。特殊法人は必要があって設立されたものだ、というであろう。しかし現在その必要性が疑われているのである。ここですべきことはリセットしてすべての特殊法人を廃止することだ。その後で必要を認められたものを新たに設置すればよい。廃止する、ということは完全民営化するということだ。その中で省庁や国立大学、国立研究所の仕事を受注すればよい。すべての国立大学、国立研究所が廃止され、独立行政法人となった。つまり、こちらの方はリセットされた状態である。やはり「国立大学、国立研究所は必要である」という声に耳を傾け、20の大学、10の研究所を国立に復活させるべきである。この小泉改革の悪性の部分を改革するためにも政権交代が必要である。

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2008年10月24日 (金)

日本相撲協会のドジ:

相撲協会がもめている。北の湖理事長の失政である。現役時代から推察すると、彼はまじめで頑固、感情が高ぶり、プライドも高く、冷静な判断ができないのではないか。

朝青龍問題:偽の診断書で巡業を休み、モンゴルでサーカーをして遊ぶ。これは協会としてはバカにされた、と考えるのは当たり前であるが、横綱の品格を振りかざして厳罰を求める報道陣や横綱審議会に対して、威厳を示すためか2場所も出場停止の処分をした。たぶん誰も騒がなければお咎めなしであったろう。報道陣に写真を取られたために処分せざるを得なくなった。それでも親方を呼んで厳重注意、重くても1場所出場停止くらいが妥当であろう。それを冷静さを欠き2場所も出場停止にした。多分、これまでも朝青龍はこのようにしてさぼっていたのに何もお咎めがなかったのだ。横綱や大関でなければ理事長が直接関与しなくても所属する親方に任せておけば良い問題ではあるだろうが、横綱や大関は協会の看板であり、所属は相撲部屋ではなく、協会である、という認識がないのであろう。

大麻問題:これも本格的な議論もせず、一方的に厳罰(永久追放)にした。本来は他のスポーツと同じく、ドーピング検査の実施を決め、ドーピングが認められた時はどのような処分をするか内規を作り、関取などに徹底してからその内規に沿って処分を決めなければならない。一時の感情で厳罰を決めたから、あのような失態となった。当然これに関わったものは日本人もいる可能性がある。そこに不公平があれば怒り出し、収拾がつかなくなることは考えればわかることだ。何でも親方の責任だとして協会としては責任を取らないつもりだったが北の湖理事長が自分の相撲部屋からも問題が発覚して、ついに辞任した。

八百長問題:この問題に対する処理方法は北の湖理事長の性格が一番よく表れたのではないか。これまで何度も指摘され、週刊誌などで報道されてきた。しかし、裁判に訴えることはしなかった。今回、執筆者と出版社を訴えたことにより、引くに引けない状態になってしまった。大相撲で八百長がないなどと思っている人はいるのだろうか。7勝7敗の力士は千秋楽ではかららず勝つ。相撲だけでなく1対1で行うスポーツでは八百長は付きものである。がっぷり四つに組んだ相撲は一番怪しい。グッとこらえる。こんな怪しいものはない。それを承知で観客は楽しんでいるのだ。大相撲で八百長はない、と答えていればよいのである。執筆者は相撲協会が八百長をやったから損害を受けた、などと言っているのではない。裁判に訴えられる問題ではないのだ。多分、北の湖理事長のプライドが許さなかったのだろう。北の湖理事長が引責辞任した今、新理事長は和解に向かって進むべきである。「これまで八百長と疑われる相撲があったかもしれない。審番部に無気力相撲調査委員会を設置し、疑わしいものに対しては罰金も含む処分をする。大相撲の発展のために皆さんの協力をお願いする」というような声明を発表して名誉棄損問題を取り下げるべきである。まだ裁判に勝って賠償金をせしめることができると思っているのだろうか。

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2008年10月11日 (土)

文明の接近と紛争地帯

私は、21世紀は宗教戦争の世紀と考えている。仏教を除いては世界の大宗教は一神教である。神様同士がケンカして、行きつくところは終末戦争。そこで「文明の接近」を読んでみよう。この本の主流はイスラム国家の問題である。「イスラム国家の文明が遅れているのは識字率が50%を超える時期が遅かったためで宗教の差によるものではない。やがてイスラム国家の文明はキリスト教国家の文明に近づく。差がなくなって世界は平和になる」ということで訳者は題名を「文明の接近」としたのかも知れない。この本の内容は人口学的に見て、文明の進化は識字率で決まる、ということを識字率と出生率の年次変化のデータを駆使して証明しようとしているものである。

が、ここで著者Toddの注目する意見を私なりに要約してみよう。

国民の識字率が50%を越えると(意識)革命が起きる。

女性の識字率が50%を越えると一人の女性が生涯産む子供の数が2以下になる。

コソボ紛争:コソボはもともとセルビア人が多かった。アルバニア人は少数派だったが生めや増やせやでアルバニア人が多数になった。統一ユーゴとして権力をセルビア人が握っていた。ユーゴの分裂以来コソボではアルバニア人が独立を求めてセルビア人と戦った。欧米はアルバニア人に味方した。(つまり、これは合法的な占領である。アルバニア人の国、アルバニアでは出生率は2以下であるがコソボのアルバニア人は3以上である)

イランの核武装は容認できる:イスラエルとイランが核武装することにより、対話が生まれイスラエルとアラブ(イスラム)が共存できるようになる。インドとパキスタンが核武装したことにより、2国間の争いが減り、対話が生まれたように。日本も核武装すれば日中の対話が生まれる。(現在国際的緊張の地帯は二つある。その一つは東アジアで、核兵器を持たない日本が核兵器を持つ中国と対面している。もう一つは中東で、ここはイスラエルだけが核兵器を持っている)。「イランは非民主主義国家で危険である」と考えるのは間違いである。イスラムの中で一番民主化が進んでいる(トルコよりも)。選挙も民主的に行われている。

*日本はもっと紛争に介入せよ。介入して、欧米だけが近代国家だという誤った考えを改めさせるべきだ。

中東の危機、イラン、イラクの危険性:中東の危機の原因はイランではなくアメリカである。イランはアメリカにとって危険な国(アメリカが攻撃される)ではない。一方、アメリカは現在イラクやサウジアラビヤに駐留し、イランの安全を脅かしている。イランはイスラエルやアメリカを攻撃する手段を持っていない。イスラエルはアラブを攻撃しアメリカはこれを支持している。危険を感じたいランは軍備強化に走るのは当然である。

読後感:私なりに要約した「著者Toddの意見」はほぼ賛成できる。彼が英米系人種でないからこのような意見を持ちうるのだろう。沖縄は日本に返還された。沖縄に住む人々は日本人だから。北方領土を日本に取り戻すには択捉と国後に日本人を住まわせ、生めや増やせや、でロシア人を少数派に追い込んで独立運動を起こし、日本に復帰する、という遠大な計画が必要ではないか。中国は一人っ子政策は続けているが、独立運動が激しいチベットと新疆ウイグルへは漢民族を移住させている。アメリカは黒人の方が多くなったらアルバニアのように占領されるかもしれない。ハワイに移住した日本人が生めや増やせや、で多数派となり、独立運動を起こしてみてはどうだろうか。アメリカは中国と同じく独立運動を武力で踏みつぶすだろう。

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2008年10月 6日 (月)

自民党と官僚の癒着

自民党は全省庁に対して「民主党など野党から資料開示を求められた時は事前に自民党にその内容を知らせる事」という命令を出していた事が明らかになった。その原因はこのブログで度々主張しているように「政権交代がないからである」。政党内閣制であるからこそ、政権交代が必要なのである。アメリカなど大統領制のもとでは、与党は必ずしも多数ではない。議会選挙と大統領選挙は異なる。議会と政府は対決する事もしばしば起こる。このような制度では政権交代がなくても民主主義は守られる。政党内閣制のもとでは政権交代がなければ官僚は常に与党と癒着し、互いに国民に都合の悪いことは隠しあう。民主党が参議院で多数を占めたことにより、これまでのように自民党と官僚が馴れ合っている事が出来なくなった。その一番大きな例が年金問題である。官僚の天下り問題も大きく動こうとしている。自民党は例によって、政治の連続性を訴えて、革命がおきれば国民は大きな損失を被ると、脅しをかけている。民主党が掲げる予算の革命的な組換えが行われれば、特殊法人は壊滅する。天下り先が消えてなくなるのだ。今霞ヶ関は戦々恐々としている。次官候補は大部分取り替えられるか、宗旨替えして民主党に組するか。

自民党はこれまで野党の政策に対して予算の裏づけがない空論である、と批判してきた。予算案や政策の裏づけとなる資料は自民党にだけ渡して、民主党など野党には提出してこなかった。言わば、政策の競争入札ではなく自民党と随意契約を結んでいることになる。野党に資料を開示したら、その資料は正しいか、と問われる。つまり官僚は自分達がやりたい政策に落ち着くような資料を提出しているのである。科学研究であるならば、はじめに結論があり、その結論が導かれるようにデータを作成するのである。データ(資料)があって、さてどの結論(政策)が良いか、を議論しているのではない。今後日本の人口は減少してくるのは避けられない。それにもかかわらず尚、道路がたくさん必要なのか、などはこの典型的な例である。国土省はこの法案を作るのに最新のデータを使っていなかった。そのデータの信憑性も疑わしい。

私は、民主党の政策がそのまま実現できるかどうかは疑わしい、とは考えるが、一度政権を握って革命的な予算の組換えを行ってもらいたい。

残念ながら日本国民は革命を嫌う。日本は殿様民主主義の国だ。政治家は殿様のひとりだ。だから、小泉は引退しても息子が後を継ぐ。横須賀の民は殿様(小泉)の一大事。結束して殿様の後継ぎを応援する。かくて殿様は安泰となる。国会は政治家の2世、3世が多数を占める国家となっている。そうであるがゆえに、今度の選挙も民主党が勝つとは思えない。かくて日本の凋落は進む。それでも将来に希望を持って、何度でも叫ぼう(政権交代を!!)。

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