国立大学、国立研究所の必要性
小泉改革の一環として、すべての国立大学、国立研究所が廃止され、独立行政法人となった。これは改革ではなく改悪である。単に公務員の数を減らし、名目上小さな政府を作ったという偽装改革である。独立行政法人はこれまでの悪評高い特殊法人と同じ扱いになったにすぎない。予算などでは特殊法人とほぼ同じ形態をとり、どんぶり勘定で、理事長の権限が増し、会計検査院の目が届かなくなり、より不透明となっている。理事長の任命権は省庁にあり、敷地や建物など、会計上独立行政法人に移行したはずの物の処分なども省庁が握っている。理事などの人事権も天下りなどで支配しており、国民の利益になっているとは思えない。先進国の中で、国立大学、国立研究所を一つも持っていない国がありますか。今年のノーベル物理学賞受賞者も「基礎科学の衰退」を懸念していました。「国立大学、国立研究所を独立行政法人として、外部評価を確実に行って、国民の期待にこたえる」と表面上正しそうな大義名分であるが、評価は評価できる人が必要である。評価基準が必要である。今、独立行政法人の評価は目先の利益が優先され、日本の国力は確実に低下しつつある。そこで私は20の大学、10の研究所を国立に復活させるべきである、と提案する。採算の取れる研究はそもそも民間の研究所で行われている。改革で必要なのは、省庁や国立大学、国立研究所にぶら下がっている特殊法人を廃止することである。省庁や国立大学、国立研究所が発注する仕事はすべて民間でできることである。内情を知らないとできないものがあるとすれば、それはそもそも外部発注できない仕事である。特殊法人は必要があって設立されたものだ、というであろう。しかし現在その必要性が疑われているのである。ここですべきことはリセットしてすべての特殊法人を廃止することだ。その後で必要を認められたものを新たに設置すればよい。廃止する、ということは完全民営化するということだ。その中で省庁や国立大学、国立研究所の仕事を受注すればよい。すべての国立大学、国立研究所が廃止され、独立行政法人となった。つまり、こちらの方はリセットされた状態である。やはり「国立大学、国立研究所は必要である」という声に耳を傾け、20の大学、10の研究所を国立に復活させるべきである。この小泉改革の悪性の部分を改革するためにも政権交代が必要である。
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