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2009年4月

2009年4月29日 (水)

弱者の強みと自業自得:痴漢と体罰

最近、痴漢の罪で訴えられていた教授が最高裁で無罪になった。私は痴漢の場合、半分くらいは冤罪であると思っている。スリは現行犯でないと逮捕できないそうである。それは証拠が難しいからだと思う。痴漢も証拠は難しい。ところが現実は女性が「痴漢だ」といえば捕まってしまう。警察や裁判所は容疑者の主張は受け付けない。「やっていない」という反証はできないのだ。だから、本来は「痴漢だ」という証拠がなければならない。これは被害者と名乗る人の証言だけである。「疑わしきは罰せず」という裁判の原則にも反することが堂々と行われているのだ。これを利用して公務員、教授、一流企業のサラリーマン、など、社会的に恵まれていると称する人を陥れる道具にも使われる。大学教授などは最も狙われやすい。最後に無罪になっても、それまでにテレビなどで報道され、すでに犯人たちの目的は達成されている。しかも、犯人の氏名は公表されない。今回の最高裁判決は非常に有意義であったが、痴漢を訴えた人の氏名が公表されないのは不満である。

体罰に無罪:これも最近の最高裁判決である。私はこれも歓迎する。テレビなどは子供など、いわゆる「弱者」に対して甘い。学校の場で体罰があったかどうかというときは、第三者の機関が中に入り、その事件だけでなく、先生の日ごろの行動と体罰を受けたという子供とその親の行動、を一か月くらい追跡して初めて結論が出せる。今回の場合、子供は日ごろ他人に暴力をふるっていなかったか、親は知っていたか、親は注意していたのか、これについて裁判所ではなく、第三者の機関が調査するべき問題だ。その学校のPTAが無理であれば、学校間でほかの学校のPTAが互いに調査することでもよい。現在は先生による体罰より、そのようなことを訴える親の方に問題がある場合が多いのだ。先生を支持する親はおとなしい人が多い。ところがテレビや新聞は訴える親を、強者(先生)からいじめられる弱者(生徒)を守る正義とみなし、報道する。これによって学校は崩壊する。

安楽死:医師が安楽死させたと言って訴えられる。この問題も訴える側に多くの問題がある。自分にとって何の得にもならないと思われる患者の安楽死を医師が率先してやるとは思えない。痛みに耐えかねて、患者や付添いの親族が、もういいだろう、先生お願いします、と言っていないのだろうか。ところが患者が死んでしまうと、安楽死を頼んだ親族が自責の念に耐えかねてか、または面倒を見てもいない、従って患者が苦しんでいるのを見てもいない親戚が、「なぜ死んだ、医師が安楽死させたのか」と医師を訴える。このような場合が多いのではないか。かくて医師は「それならば、とことん生かしてやる」と植物人間になっても何でも心臓は止めない。お金も、面倒も見るのは大変だ、という関係者の悲鳴が聞こえる。でも、医師は絶対に死なせてくれない、訴えられないために。親族の内なる悲鳴、保険料の不足が国民に降りかかってくる。

自分で責任を足らない。金になるならなんでも法廷に訴える。モラルハザード。

総論賛成。自分は責任を取らない。かくて日本社会は崩壊に向かって突き進んでいる。

そういえば、酔っ払って公園で素っ裸になり、警察に噛みついたタレントが逮捕され、「あれくらいで逮捕とは」「騒ぎすぎだ」と多くのテレビは警察を批判した。これでもか、と連日騒いでいたのはテレビよ、お前ではないか。芸能界は優しいところだ。麻薬だ、酔っ払いだ、と騒がれても1,2年もすれば戻ってくる。公務員、教授、一流企業のサラリーマン、警察など、こんな事件があれば永久に追放される。お笑い芸人に占拠されたテレビ局の実情は哀れむべきかな!!

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2009年4月24日 (金)

食料の自給率向上対策――(2

昨年の暮れから、経団連、農水省は「日本の食料自給率向上に向けて」の提言を出し、今国会に法案を提出する、と書いてある。私の知る限り法案が提出されたのかどうかも報道されていない。経団連は言う事と実行とはかけ離れていないか。「優良農地の保全とその有効利用」とはいい言葉である。優良農地とはどこにあるか。関東平野は第一級の優良農地ではないか。その農地を潰して工業用地とし、その工場労働者のために農地を住宅化し、人口の一極集中を招いた。米の増産のために八郎潟を水田とした後で、減反政策で米作を禁じた。これは農水省だけの責任ではなく、日本の工業化を進め、農村を軽視した経団連に多くの責任がある。「地域活性化に向けて、工場等の社員食堂等における地元農産物の積極的活用を呼びかける」とは図々しい。そもそも会社はなぜ首都圏に集中するのか。中国産など海外の安い農産物で社員食堂を賄ってきたのは経団連ではないか。

それでも、今回提案されているものの中には、農地法第一条「自作農主義」の改定を含む農地の集約、放置農地に対する罰金制度、新たに農業をやりたい人への農地の借地権の問題など見るべき物が含まれている。日本の食糧安保が急がれているのに政治は何も動かない。今度の選挙は食料自給率の向上を含む食糧安全保障を大きな争点とすべきだ。

シンプソン教授はその著の中で、「国は食糧を自給する権利がある」という日本の主張には理がある、として、自給率がある限界を超えた場合は何らかの処置が必要である、とする。食料は工場製品と違い、地域の環境と大きく関係している。農業が破壊されるとこれまでに築き上げられた環境(水資源、生態系(動植物)、気候など)が破壊され、そこに住む人間の生死にかかわる。人間は安全に住む権利がある。この考えは国際会議でも多くの国が認めている。だから食料自給率が臨界値を越えて下がった場合、関税などで対処する権利がある、ということをWTOの場で合意する必要がある、と主張する。だが、教授は日本に苦言を呈する。1.農政を改革して、効率をあげることにより自給率を上げよ。2.自給率を反対の意味の依存率とせよ。自給率を上げる、という主張は100%を超えて輸出に向かうという印象を与える。日本は食糧依存率を下げたいのだ、と主張せよ。3.もっと政治問題にせよ。自給率向上といいながら、日本の実態はテレビで飽食をアピールし、スーパーに食材があふれ、消費者は自給率に関心がない、と世界には映る。先進国では食糧安保に対して消費者(都市住民)はもっと積極的であり、農政に関心を持っている。日本の消費者は農政に関心がない。政治の場で議論されない限り国際会議WTOでの日本の主張は説得力のない(つまり、国民の支持はあまりないが、経済発展のために国策として発言している)空論に聞こえる。

日本は本当に食料の海外依存率を下げようとしているのか。下げたいのか。本当であるならば国会で、政治の場で、テレビなどで国論が盛り上がってもいいはずではないか。

テレビは相変わらず、お笑いタレントを集めて食事をもてあそんでいる。今や日本は世界一の借金大国なのである。でも、世界は「金持ち日本」という認識だ。金持ちが我々貧乏国から食料を高価格で買ってくれるのは当然ではないか。日本の食料輸入はまだ増やせ。経団連傘下の大企業は中国に拠点を移して、食糧を増産して、日本に輸出しようとしている。金儲けができれば食料自給率など問題ではない。小泉時代は貿易関連の委員会の委員長を務めるある教授は「輸出で稼いだ金で、海外から安い食料を輸入すればよい。自給率云々は問題にならない」と発言している。これらの発言がWTOなどに影響してくるのだ。彼らの提言、農水省の今国会提出予定の法案、その実行力には疑問が残る。

人口の分散を促す、地方分権を進めることで食糧安保を達成しよう。

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2009年4月17日 (金)

小沢一郎問題の真相は?

3月14日のブログで霞ヶ関の反乱が検察を動かし、秘書逮捕に至ったのではないか。それは民主党が天下り規制や霞ヶ関改革を真剣に考えているからである、と推測した。ここで、もうひとつの犯人を忘れていた。もしかしてこちらの方が本筋かもしれない。それは公明党(創価学会)である。今ここに矢野潤也の「黒い手帳」がある。かれが公明党委員長を辞めた後、評論家として評論活動をしていた。私はそのとき創価学会の常套手段で一般評論家の顔で創価学会の野望を織り交ぜて書くのではないかと疑いながら読んでいた。それが今回、彼が創価学会(公明党)と大喧嘩しているのが明るみに出た。大新聞などはその結果、創価学会側が敗訴した事などを小さな囲み記事でしか記事にしていない。

この本に書かれている事件は今回の自身に関連した事件を除けば、ほぼ週刊誌などで知られている事件だ。信濃町や八王子のある地域は創価学会王国である。街路樹に監視カメラをかけて、創価学会記事を書いているジャーナリストなどが侵入してこないか監視している。発見するとすぐに警備隊がやってくる。住民が文句を言うと警察が調査に来るが、そのときには情報をキャッチして(警察に居る学会員の通報か)証拠は見つからない、または都議会議員が圧力をかけてくる。というようなことが週刊誌などに書かれていたことを思い出した。矢野氏の本には公明党が池田大作を守るために検察や警察に圧力をかけていたことが書かれている。そういえば「それはイカンザキ」等と言っていた神埼前公明党委員長はどうしているのだろう。かれは元検事だという。本にはその話が出ていたのでハタと想いだした。今回の小沢問題で神崎氏(法学委員会)は動いていないのか。法学委員会は以前に同様の事件で動いたと書いてある。今度の選挙は与党にとって厳しいと予想されている。民主党には公明党をつぶせという石井議員も居る。民主党が勝ったならば創価学会の選挙違反、公明党議員の金の流れ、などが洗われるかもしれない。矢野氏は本の中で公明党(創価学会)のやっている事はほとんど公職選挙法に違反するといわれても仕方ない、という。創価学会の施設が事務所として使われている。つまり免税扱いになっている宗教法人の施設が選挙活動に使われている。二階氏が事務所を会社に提供してもらっているのと同じ構造である、と。週刊誌などで取り上げられた地方選挙などでの住所の架空変更など、本当にあるのか。調べた事があるのか。彼は実態としてあったであろうが創価学会の指令ではないという。その他もろもろのことを考えると、一度与党の味を占めたものが野に下る事の恐ろしさを感じているとしても当然のことと思われる。韓国では前大統領はほとんど訴えられている。このことと、以前に法学委員会が検察に圧力を加えた(本によると)ことを考えれば今回の小沢問題に関与があったと考えてもさもありなん、と思うのは私だけか。一度民主党に政権を取ってもらって、これらの事を調査して欲しい。これを防ぐために公明党は今度は民主党に連立与党を申し込んでくるだろう。すでにその準備もしているという。フランスは創価学会をカルト集団に分類して監視しているという。皆さんもこの矢野潤也の「黒い手帳」をぜひ読んでもらいたい。そして宗教政党の怖さ、民主主義の危うさを悟ってほしい。ジャーナリストはほとんど沈黙させられている現在、この本は貴重である。

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2009年4月13日 (月)

自民党は公明党と離別せよ:

これまでこのブログで何度も政権交代を訴えた。私は「日本の民主化が進まないのは政権交代がないからだ」と考えている。ここに来て政権交代が現実味を帯びてきたが、心配な事がある。自民・公明の連立与党が敗れた場合、政権にいたいだけで集まっている自民党が分解しては困るのだ。自民党の凋落は公明党と手を結んだためである。公明党(=創価学会)は国民のために政治をやっているのではない。池田大作の野望のためである。これが宗教政党の恐ろしさである。自民党は単独では民主党に負けそうになった。そこで公明党と選挙協力を組んだ。創価学会票を当てにして努力を怠った自民党はもはや単独では小選挙区で民主党に勝てなくなってきた。つまり、公明党に首根っこを抑えられてしまった。麻生首相は解散時期も自分で決められない。宗教と政治。日本でも織田信長はあれだけの武力を持っていてもどれだけ苦しんだか。ローマ法王はどれだけヨーロッパの政治を左右したか。宗教にとって偉いのは国家ではなく教祖様である。創価学会は池田大作の国会喚問が囁かれると学会、公明党を総動員して阻止にかかる。今やその巨大な財務をもって新聞、テレビなどのマスコミを恐れさせ、この国の言論を封じている。もし自民党が公明党と離別しないと今後はますます公明党に牛耳られてしまうだろう。自民党支持者も今の状態を憂いているのだ。ファウストのように魂を売ってまで権力にしがみ付きたいのか自民党は。私は政権交代で民主党主体の政権が一期4年は続いてもらいたい。一度経験したあとで、ここからが日本の民主主義のスタートライン。政策なり権力闘争なりなんでもやってくれ。そのためにも宗教政党とは離別して欲しいのだ。もし今度の選挙で公明党(=創価学会)の助けを借りて自民党が勝った場合、今よりも公明党に牛耳られて国民は苦しめられるだろう。

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2009年4月 3日 (金)

食料自給率は向上するか―地方分権を促進せよ:

食料自給率が40%を切った事で、ようやく政府も国民も危機感を抱くようになった。そこで食料自給率の向上に向けた取り組みを始めた。

先月(13日)知人に誘われてJA共済総研セミナーに出てみた。そこで元農林事務次官という熊沢英昭氏が農林省の取り組みを紹介した。1.耕作農地の減少に歯止めをかける、2.放棄農地の増加を防ぐ、 3.放棄農地の有効利用、4.農業者の減少・高齢化を防ぐ、などの問題を解決するために今年度農水省は法案を提出するという。この中では放棄農地には罰則を設けるとか、自治体が仲立ちして放棄農地を希望者に貸すシステムつくりをする、など見るべき物がある。

だがこれで上手くいくとは思えない。農地の減少は農山村が過疎化して放棄される農地と都市部で道路や住宅、工場などに転用されて減少する農地とがある。農山村では鳥獣被害から農産物を守る農民に対して、誤った動物愛護団体(牛肉は木になっている、と思っているような人間共)や彼らにおびえる行政などにも責任の一端がある。一方、都市部の問題は耕作適地であり、面積が大きいだけ深刻である。戦後の農地法改革で自作農がたくさん生まれた。日本が工業化すると自作農が住宅や工業用地として農地を売り、土地成金が生まれた。農地の転用には自治体での許可が必要だが、当事者であるJAが参加する審議会では土地成金がちらつく農民にとって農地の転用許可は簡単に決まってしまう。本来、農業をするために自作農は農地を分配されたはずであるのに。

農水省が提出するという農地法の改正、食料自給率の向上に向けたプロジェクトはこれらの問題を解決するには大きな進展は期待できない。

私の考える食料自給率の向上に向けた最終解決法は、中央集権を止めて道州制導入を含む分権化である。諸悪の根源は首都圏への人口の一極集中である。首都圏の人口が半分になれば食料自給率はほぼ解決する。農山村に住む人口も増え、荒地が農地に戻る。消費地が近ければ農産物も供給できるようになるのだ。

では、どうすれば人口は地方に分散できるのか。会社はなぜ地方に来ないのか。いまやネット時代である。メールやテレビ電話、仕事は地方でやっても出来る仕事はたくさんある。テレビ局はなぜ東京に必要なのか。例えば、テレ朝が湯沢に、日テレは軽井沢に、とはできないのか。これで困るのは掛け持ちで出演している、みのもんたなどの有名人であろう。また、遊びほうけている大学生はなぜ会社に就職できるのか。評価のできない日本人は入学試験時の学力で頭脳停止している有名大学生を評価して採用する。大学で能力アップした学生は見抜けないのだ。本社はなぜみんな東京にあるのだ。東京に霞ヶ関があるためか。東京が大消費地であるためか。国でやるべき事は人口の地方分散を促す方法を考えることだ。そうすれば自然に食料自給率は向上するだろう。いま、地方で道の駅などが活性化の道具となっているが、余っている地方の農産物を十分活用するには至っていない。地方には農産物を供給する余力はあるのだ。食料自給率の向上は農業問題ではなく人口の地方分散の問題なのだ。中央集権は富国強兵時代の名残である。

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