« 2019年3月 | トップページ | 2019年5月 »

2019年4月

2019年4月17日 (水)

天皇のわがまま:象徴天皇論

平成天皇(と呼ぼう)は生前退位を表明した。その理由は、天皇の職務を全うするには健康上の理由から荷が重くなった、ということらしい。天皇の言葉で、新憲法の中で「天皇は日本国の象徴である」と規定され、象徴天皇とはどうあるべきかを常に考えて行動してきた、と発言され、その結果として、太平洋戦争の跡地訪問と地震や津波など度重なる天然災害の被災地訪問をほとんど義務として実行されてきた。国民はこの天皇の実績に対して大いに称賛し、平民から皇后になられた美智子さま、その子育て論、などが絶賛された。私も賛成である。

 

しかし、生前退位を表明された。これには大いに失望し、無責任ではないか(責任という言葉は相応しくないが)。でも、国民は支持しているようだ。これに対して異議を申し立てたい。異議を申し立てるとは不遜ではないか、と人は言う。だが言わずにはいられない。

 

生前退位の表明。その理由として天皇は健康上の理由で公務をすべて行うことは困難である、と発言があった。これが認識の違いであり、わがままである、と言いたいのだ。

 

そもそも天皇には憲法で規定された国事行為がある。これが全てである。皇室の伝統行事は国民とも関係がない。外交上、日本国の象徴として外国政府(首相、大統領など)の儀礼訪問を受ける。だがこれは義務ではない。小沢一郎が習近平(主席でもなかった)を天皇の日程変更してまで会見を強行したとかで紛糾したこともあった。

 

しかし、これら国事行為は天皇の健康状態もあるから憲法上にも天皇の代行が認められている。摂政の制度もある。だから、健康上の理由で生前退位など必要もないのである。

 

忙しい、という。「太平洋戦争の跡地訪問と地震や津波など度重なる天然災害の被災地訪問」は天皇自らの発案で行動されたものだ。国民は称賛した。でも健康を害してまでやってほしいと思っていた国民は少ないであろう。その他各地方や団体から出席を求められる行事、これらは宮内庁の責任であろう。つまり、政治性の強い(政府や代議士、有力団体の長、などの要望を聞き入れた)ものだ。健康上の理由があるならば、これらの行事をまず削減しなければならない。象徴天皇であれば政治に動かされてはならない。ならば、まずこの宮内庁に異議を示さなければならない。それでも宮内庁が政治力を発揮して天皇を束縛しようとするならば、天皇は会見を開いたらどうだろう。政府や宮内庁は、この会見を「天皇の政治介入」と文句を言うだろう。その是非は国民が考えよう。

 

天皇の被災地訪問

 

ここでいつも気になるのは、天皇皇后の態度である。国民と同じ目線に立つことを態度で示すためか、座ったり立ち膝だったり、ここまでする必要があるのか。これでは天皇は象徴ではなく「天皇という職」ではないか。代わりに威張っているのは政府、大臣、国会議員である。かれらが国民目線でいなければならない筈だ。日本人は「おもてなし」とかで無用に自己をへりくだる。飲食店で注文を受ける店員は常に立ち膝姿勢である。バカではないか。注文を正しく聞き取るのが仕事で会って立ち膝姿勢をしてくれ、などと要求はしていない。これは日本の伝統でもない。

 

主題から逸れてしまった。

 

生前退位は天皇が象徴であるから崩御まで、その地位に居なければならないのだ。改善するところがあるとすれば、昭和天皇崩御の時のように無理やり「生命を伸ばす」行為をやめることだ。天皇が「職務」ではないのだ。健康上の問題があれば、国事行為は皇太子が代行すれば何の問題もない。であるから生前退位は「天皇のわがまま」である、と不遜ながら叫ばなければならない。評論家やメディアは、本心はどうか知らないが、誰かに忖度してこんな発言はしない。いや、忖度しているのではなく、自分が可愛い、自分の職がなくなる、から何も言わないのだろう。だから、地位などに無欲な我々が本心で発言しなければならない。

 

いま、秋篠宮が物議をかもしている。生前退位が認められると政府や宮内庁にとって都合の悪い発言があったりすると、健康上の理由を付けられて生前退位を迫られることが起きるかもしれない。外国王室にも生前退位があるという。日本と違って王室の独立性が高いから可能なのである。

 

安倍政権はさっそくこの機会を利用してGWに長期休日をもってきた。悪しき前例となるだろう。

 

象徴天皇とは国事行為以外は自由であるということだ。宮内庁の管理から外れてはどうか。

 

 

| | コメント (0)

« 2019年3月 | トップページ | 2019年5月 »